SIND BADのトレジャーボックス

宝石店「SIND BAD」の宝石のお話
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
LINKS
SEARCH
スマートフォン

SINDBADスマホ

<< パライバ編 美しい宝石にキズ、インクルージョンはつきものです。 | main | 幸福行きの切符って知ってますか? >>

パライバの歴史

パライバは日本ではいつ頃から販売され、そしてその名が認知されたのでしょうか?


まず、弊社ではどうだったのかについて、お話します。

シンドバットの店頭で最初に販売したパライバは、隣接する町から来たカップルにでした。

婚約指輪でダイヤモンドを買うつもりが、パライバに目が留まり「ウワッ、きれい」と感嘆の声を上げすっかり魅了されてしまいました。
そして、始めて見る不思議なブルーグリーンの石を嬉しそうにお持ち帰りになりました。

このカップルが後日、来店された時に「市内のデパートや他の宝石店に、この指輪を見せても誰ひとり、この宝石の名前を言える店員さんはいなっかた。」と言っていました。

それは今から25年前1992年のことでした。
価格は、0.45カラットのプラチナ台のもので25万円。
もし、今現在2017年でしたら同じ物が120〜150万位でしょう。
そしてよく、パライバを日本で一番最初に日本に紹介して、取り扱ったのは誰なのか、ということが話題に上ります。

「それは、私です」と言っている人がいるようです。

実際にはブラジルの宝石、パライバも含めた多くの宝石を日本に最初に持ち込み紹介したのはブラジル移民日系人、あるいは日本とブラジルの二重国籍の人達です。
特にパライバに関しては日系移民のW氏と言う人ではないかと言われています。

W氏がバターリャ産のパライバを1988年頃から大量に扱い、そしてそれをブラジル宝石の先駆者と言われるX氏(この人もブラジル移民です)を通して日本に広く流通したようです。

W氏は日本とブラジルミナスジェライス州両方に事務所を持っていた人でした。
この種の人達はあまり表には出てこないのです。

ましてや、日本に最初にパライバを紹介して販売したのはこの自分です。などと言う事は決して口に出したりはしないものです。


これが現在もブラジルと日本を行き来している宝石に携わる人達の意見でもあります。
いずれにしてましても、その当時はこれほどまでに、貴重な宝石になるとは予想しなかったことでしょう。

婚約指輪など宝石のお問合せはこちら

ジュエリー・ベビーリングSINDBAD楽天市場店はこちら

| SIND BAD | カラーストーン | - | - |